悲しみの理由

昨日横浜からピースボートに乗って、3ヶ月の世界旅行の
ボランティア通訳として旅立った私の従妹に最後に聞かれたこと。
「何がそんなに悲しいの?」だった。
私が悲しい日記を書くから、彼女はそう聞いたのだろう。
昔なら答えられなかったその理由も、今なら答えられた。

悲しい理由は私の性格によるもの。
人が自分と一緒にいないことが悲しいのだと答えた。

通常、人間というのは、身体が常に一緒にいなくても、心がつながっていれば
それを実感できれば寂しくないし、それを糧に日々を頑張れるものだろう。
でも私は違う。目で見えて、指で触れる範囲にいつもいないと寂しい。
それが実現していないと悲しい。
昔夫とそれを話したことがある。現実として不可能だと言われたが、
そんなことは私だってわかっている。

でもそこからがほかの人には理解できないところ。
そんなに一緒にいることができないなら、その人の存在は必要ないものと
私自身が決め付けてしまうことがある。それを決め付けられてしまった
相手は、理由もわからず私に近づけなくなってしまうことだ。

毎日会っていても、表面上だけでつきあう会社の同僚にはその現象は
起きない。深い話をする、信頼をおく仲にそれは起こりやすい。
こう文字にできるようになったのは、本当にここ最近のことだけど、
思い返してみれば、小学生のときからそれは始まっていた。

私が信じている、頼りにしているなんでも話す仲良しな存在がいて、
でもその人と、何かの都合で、遊ぶ約束をしてても会えなかった事態に
なったとして。それが故意にではなく、偶然に2回でも続いたなら、
それが3回続いたならなおのこと、もう私はその人にとって必要のない
存在なんだと感じて勝手に悲しくなり、私からその人のそばを離れてしまう。
私より、大事なことがその人にはあるんだから、私はもう悲しい思いをしないように
と思ってその人から勝手に遠ざかってしまう。
なぜなら、その人を信頼しているのに、仲良しなのに、私はその人と一緒に
いないと寂しくて泣けてくるのに、その人はそうじゃないのだから。

私の思考回路はこうだ。
でもその思いを誰かに話したり表現したりすることはまずない。
なので、離れていかれた方としては何が起きたかわからない。
でも、私はもうその人を受け入れられなくなってしまう。嫌いになるのではなく
その人に大切なことを話したり、自分から遊ぼうと言えなくなってしまう。

おかげでずいぶんこの世の中は生きにくい。
同じことが親や夫にもあてはまる。一緒にいられないなら、信頼しないほうが
自分としては傷つかないからいいだろうと思っている。
だから、たいして深くつきあわないようになる。

気づいたことは、それが年々ひどくなっていくように思う。
だから、うわべだけでちゃらちゃらどうでもいいことをしゃべって終わる関係の
人間が周りにはたくさんいる。もしかしたら誰とでもしゃべれて気さくな人だと
思われるかもしれないが、深く付き合える人間を作れない。
信頼関係を長く続けられる人が作れない。そういうことだと思う。

そういうことを従妹に話した。
彼女がなんて言ったかは覚えていないが、でも本当の理由がわかって
よかったよとは言ったのを覚えている。

今も私は悲しみの中にいる最中。
本当の私なら、悲しみを作る原因となる人を自分の中から排除すれば
それで終わることなのだけど、生まれて初めて排除できない、
関係を自分から断ち切れない人に出会っているから。
だから苦しい。そして悲しい。そういうことだよ、かよちゃん。
そこまで私は話さなかったね。でももうピースボートに乗ってしまったから
これを読むことはたぶんないよね。

私にとってはとっても生きにくい世の中だよ。
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by suraimuyasroom | 2008-09-08 13:42 | 趣味・独り言・日常